日本経済新聞朝刊掲載

9月 27, 2021

2021年9月25日付の日本経済新聞朝刊文化面にて、現在、世田谷美術館にて開催中の『塔本シスコ展 シスコ・パラダイス かかずにはいられない!人生絵日記』が紹介されました。ぜひご覧ください。

塔本シスコ展

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素人の手習いじゃない! 「おばあちゃんの美術」再評価
多彩な実験 制作背景に光
80代、90代で亡くなるまで制作をつづけたり、88歳で創作意欲おとろえず精力的に活動したりしている女性アーティストの展覧会が各地で開催されている。研究者が若い世代や女性へと広がり、既存の評価に新たな視点を与えている。
「せみが鳴く」は1952年、77歳の丸木スマ(1875~1956年)が再興第37回院展に出品するため制作した。
「これを今年は描いてみましょう」とニガウリの種を庭にまき、芽がでて黄色い花を咲かせ、オレンジ色の種を宿す実が割れるまでの一生を画面にとどめた。近寄って目を凝らさないと見えないほど小さなセミが右手のトウモロコシの葉や茎にとまっている。緑や青の濃淡で表現した葉の隙間が多様な筆致の色彩で埋め尽くされ、装飾タペストリーのようだ。
「原爆の図」で知られる日本画家、丸木位里の母親であるスマは70歳を過ぎて絵筆をとった。女流画家協会展や院展で入選をかさね、没後も展覧会が繰り返されるが、ベルナール・ビュフェ美術館(静岡県長泉町)で開催中の展覧会はこれまでと少し趣向がちがう。
「かわいらしいおばあちゃんのイメージを払拭する」。「わしゃ、今が花よ 70歳で開花した絵心 丸木スマ展」(28日まで)を企画した井島真知学芸員と原爆の図丸木美術館の岡村幸宣学芸員が意図したのは、アーティストとしての再評価だ。初期から晩年まで作風の変化を追うのは回顧展でよくある形式だが、スマの場合は「花」「生き物」といったテーマで分類されることが少なくなかった。
明治初期に広島県に生まれ、20歳のころ結婚。船宿の家業や農作業をしながら3男1女を育てた。正式な絵画教育は受けていない。そんな経歴から童画のように純真で自由奔放な画風ばかりが注目されがちだった。
展示室をめぐると、筆を手にして間もないスマがさまざまな画法に挑んだことがわかる。クレヨンのような画材に水彩をはじかせ、絵の具を塗った葉を画面に押しつける。子供がよくやるこの手法は欧米のシュルレアリストらも取り入れた。日本画の「たらしこみ」、フロッタージュ、点描など多様な表現のたゆまぬ実験は、スマが顔見知りの青年に突然殺害されるまで続いた。
「塔本シスコ展 シスコ・パラダイス かかずにはいられない! 人生絵日記」は、東京の世田谷美術館(11月7日まで)を皮切りに熊本、岐阜、滋賀を巡回する初の大規模回顧展だ。
熊本出身の塔本シスコ(1913~2005年)は50代半ばから大きなカンバスで油彩画を制作した。本展を機に企画者の学芸員6人がシスコと身近に接した孫の福迫弥麻(みあ)さん、塔本研作さんにインタビューした。画家の生い立ち、団地の4畳半の自室での制作や日々の暮らしを語っており、その内容がとても興味深い(図録に収録)。
シスコの絵も「素人のおばあちゃんの手習い」などと見なされた。過去の図録や画集には、夫を事故で亡くしたショックで脳出血で倒れ、リハビリで絵を始めたことが記される。そのため「病気をしたからこんなふうになったの?」「幻視のようなものが見えるの?」とよく尋ねられたと弥麻さんは明かす。しかし自身も年齢を重ね、祖母の日記などを読み進めるうち、モチーフに込められた意味や心情を理解するようになったという。
世田谷美術館の池尻豪介主任学芸員は「作品は人、ということを改めて痛感した」と話す。先入観にとらわれず画家や作品に向き合うということだろう。当然といえば当然。しかし、高齢、女性、独学といった言葉に、人は惑わされがちだ。シスコの作品には絵日記のように画中や裏に制作時の状況が記される。「言葉と表現との関係、時代背景とのかかわりなどは今後の研究テーマの一つとして出てくるのではないか」と同館の橋本善八副館長は指摘する。
「アナザーエナジー展」(東京・六本木の森美術館、22年1月16日まで会期延長)は現役で活躍する国内外の70代以上の女性アーティスト16人を紹介する。出品者で大阪出身の三島喜美代(1932年生まれ)は近年一層評価を高めた美術家の一人だろう。東京・大森のART FACTORY城南島は倉庫を改装した天井高10メートルの巨大スペースに三島の作品を常設展示する。20世紀の100年間の新聞記事を転写した約1万6千個の耐火れんがによるインスタレーションは圧巻だ。
森美術館の片岡真実館長は、年を重ねてなお挑戦しつづける力を「アナザーエナジー」と名づけ、高齢の女性に重ねられがちなイメージを一新した。多角的な見方が加わるほど作品はより輝きを増し、生き生き語り出す。いずれの展覧会にもそんなおもしろさを感じた。(編集委員 窪田直子)

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